十九話
十九話
ダダダダダ、と廊下を走り抜ける音が聞こえてくる。
「……はあ、はあ……司影は行ったか」
昇は九組から二つ隣りの教室、七組の教室内に入って壁に背を預け、床に座り込んでいた。顔からは滝の如く汗がタイルに滴り落ち、右手で、白い手袋をした左手を苦しげに押さえつけているその様子からは、先程まで普通に会話をしていたとはとても思えない。
(呪符には人払いの術が掛けていたはずなんだがな……どうしてあいつ、ここに来れたんだ?)
昇が強引に会話を推し進めた理由がこれだ。
『刻印』の行使による副作用。こんな姿を晒して司影を心配させる訳にはいかない。
彼女を襲った『残留魔力』を消したのは、魔術ではない。『刻印』を、昇は積極的には他人に見せたくはない。
呪い、と言った方が正しいかもしれない、この力を。
「これの、『魔封じの刻印』のせいで、俺はほとんど魔術が使えないんだからな」
左手を見つめる昇の眼はしかし、不思議な事に『刻印』の行使によって苦しげではあっても、恨みがましいものではない。
「ま、こいつのおかげで司影を助けられたんだから、良しとするか」
息を整え、どっこらせ、と年寄りじみた掛け声をして昇は腰を上げる。窓の向こうから注がれる月明りに眼を向け、
「今日は、俺に出来る範囲で人助けが出来ましたよ」
次いで手袋をした左手に眼を落とし、懐かしげに独白した。